牡丹峰区域裁判所の被告人席に座らされたチョンさんは、検事の冒頭陳述が終わるやいなや、堰を切ったように保安署でいかにひどい拷問に遭ったかについて語り始め、陳述はすべて強要によるものだったとし、無罪を主張した。
結局裁判長は、証拠不十分を理由にチョンさんを釈放した。しかし、チョンさんの苦しみはそれで終わらなかった。
拷問で身も心もズタズタにされたチョンさんは、平壌を離れ故郷の咸鏡南道に戻ったが、家はもぬけの殻となっていた。両親には連座制が適用され、労働党の地方幹部の職を解かれ、どこかに追放されていたのだ。
チョンさんは朝鮮労働党組織指導部と中央検察所に「信訴」の手紙を送った。これは、国家機関から理不尽な目にあったことを訴える制度で「目安箱」のようなものだ。金正日政権以降に形骸化したと言われていたが、チョンさんの訴えは運良く取り上げられた。そして、担当者全員が降格処分を受け、両親は元のポストに復帰した。組織指導部の指示による処分ならば、パク上佐らはチョンさんに報復もできないだろう。
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しかし、チョンさんの苦しみは続いている。