設計まで終えたが、あまりにも壮大過ぎたため、結局断念した。そして、1945年8月15日の敗戦で日窒は朝鮮半島におけるすべての資産を失い、朝鮮から撤退した。
この計画は金正恩党委員長の祖父・金日成主席によって引き継がれた。彼は1980年代、西海閘門と合わせて端川発電所の建設を進めようとしたが、後者の建設は諦めざるを得なくなった。財政的な問題があったものと思われる。その後、長年に渡りその決定を悔やんでいたと伝えられている。
そして、構想90年に及ぶこのビッグプロジェクトを引き継いだのが、金正恩氏だ。