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国家安全保衛部――北朝鮮「秘密警察」の知られざる内幕

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去る6月、北朝鮮北部の両江道・某市に住むキム氏(仮名)が国家安全保衛部より「英雄称号」を授与されたと、現地の取材協力者が伝えてきた。褒賞として、テレビやオーディオ機器、冷蔵庫など家電一式が贈られたうえ、首都・平壌で居住する権利も得るなど国家から最大級の「配慮」を受けたという。

「英雄称号」とは、正式名称を「朝鮮民主主義共和国共和国英雄」といい、北朝鮮では最高の栄誉とされるものだ。通常、称号を授与された者には最上位の勲章「国旗勲章第一級」が同時に与えられ、給金(年金)の支給をはじめとする各種生活上の特典が生涯にわたって保証される。

正恩氏からの命令

キム氏は周囲の人々から、中国とのあいだで骨董品を売買する貿易商として知られていた。その一方、彼には北朝鮮の防諜機関・国家安全保衛部(以下、保衛部)のために働く「情報員」という裏の顔があったのだ。

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キム氏は今春、とある大きな「事件」を解決したことで、前述の大々的な褒賞に預かったのである。

キム氏が解決した「事件」がどのようなものだったかについては、現地の人々の間でも詳らかではない。伝えられているのは、「金正恩氏が直々に解決を指示するほどの案件だった」ということだけだ。

最高指導者からの命令を受け、現地の保衛部が血眼になっていたところ、情報員であるキム氏が決定的な働きをしたとのことだ。某市は国境近くに位置することから、軍需物資や鉱物、麻薬の密輸出や爆発物の国内搬入のような、国家の財政や安全保障に関わる事件だった可能性が高い。

政治犯収容所を運営

キム氏をはじめとする情報員とは、どのような存在なのか。

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「秘密警察」「情報機関」「思想統制機関」など様々な顔をあわせ持ち、悪名高い政治犯収容所を運営するなど、北朝鮮の体制維持の要を握る保衛部の名はよく語られるが、彼らが具体的にどのように国民を取り締まるのかはあまり知られていない。

そのカギを握るのが情報員であるという事実が、キム氏の「受賞」から見えてくる。

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取材協力者によると、キム氏は普段から、当局により密輸行為を黙認されてきたという。

北朝鮮ではすべての成人男性が公式に認められた職場に所属せねばならないため、軍の外貨稼ぎ会社に籍を置いてはいたものの、実際は毎月いくらかの現金を会社に納めることで出勤を免除され、自由な時間を過ごしていた。

違法行為も黙認

ここまでは、現金さえあればある程度の融通がきく北朝鮮社会では珍しくない話だ。

キム氏が特別だったのは、大っぴらに中国の吉林省・長白県やその対岸の両江道・恵山(ヘサン)市を行き来し、骨董品の売買を行ってきたという点だ。

保衛部は、財政難から情報源に対し十分な報酬を出せない代わりに、違法な経済活動を黙認する形で、経済的な利益を与えているのだという。

十余年にわたり保衛部員を務め、今は韓国に住む脱北者のS氏はこう付け加える。

盗聴と尾行

「泣く子も黙る保衛部だが、その内実は予算が足りず、情報員に対する報酬も(生涯保障が付く)勲章の代わりにトウモロコシ15キロなどで済ませるケースが多くなった。それすらも出せない場合には、犯罪行為に目をつぶることになるが、単なる生活物資の密輸だけでなく、麻薬の密輸を見逃すこともある。さらに、そうして発生した利益の一部をあべこべに上納させることもある」

ここでS氏の口を借りて、保衛部と情報員の「仕事」上の関係について解説したい。一人の保衛部員が雇用できる情報員は50人までで、彼らは「一般情報員」と「登録情報員」に分類される。それぞれの役割は次のように分かれる。

保衛部は、管轄の地域における要監視者(危険人物や不平分子)のリストを作成し、これをに常に管理している。「一般情報員」は日常生活の中で、こうした人々の怪しい言動の情報などを集め、上司である保衛部員に報告する。

この過程で特異な動きがキャッチされたり、何らかの事件が起きた場合には、「登録情報員」を捜査対象となる地域や人物の周囲に投入し、電話盗聴や尾行を行わせ、より直接的に事件の解決に介入し情報工作を行うことになる。

「偽装逮捕」も

前出のキム氏の場合は「登録情報員」であった可能性が高いとS氏は語る。

さらに、捜査に投入された「登録情報員」が取る行動は四つの課程に分かれるという。たとえば、北朝鮮内部の重要文書が中国に秘密裏に持ち出される事件の摘発はどのように行われるか。S氏は次のようにシミュレートする。

△1:任務課程-対象(容疑者)が韓国、日本、米国など他国の指示で動いているのかどうかを調べる。対象人物が自らの口で背景を語るようになるまで信頼関係を構築し、その内容を証拠とする。
△2:実行課程-対象が工作活動のために何を行い、誰と会っているか把握する。
△3:報告課程-対象が工作活動の進捗を誰に報告し、完遂時にどういった行動をとるのか。関連する電話を盗聴し、録音する。
△4:逮捕課程-対象が自分の任務を遂行し、中国で文書の受け渡しを行う瞬間に逮捕する。この際、情報源も共に逮捕される。

「陰謀」事件を最優先

「登録情報員」は、このすべての課程を直接行う。特筆すべきは、容疑者が逮捕される際に情報員も一緒に逮捕され、後でコッソリと釈放されるというち密さだ。

ここまですることで、容疑者は最後まで情報員を疑わず、情報員の身の安全が保障されることになる。

そもそも保衛部はどのような優先順位で、いかなる事案を取り扱っているのかについても、S氏は詳細に語ってくれた。解決の際の評価が高い順に整理してもらった。

△1:陰謀-北朝鮮首脳部を狙ったテロ行為。解決の際には保衛部員はもちろん情報源まで「英雄称号」を受ける。
△2:宗教-キリスト教、カトリックなどの布教行為。
△3:スパイ-韓国などの敵対国家から派遣された者や、その手下が行う諜報活動。
△4:暴動および騒擾-国家転覆や混乱を狙った行為。
△5:民間テロ-個人的な怨恨で行われる公共施設の破壊行為。

相次ぐ殉職者

これ以外の犯罪行為――例えば流言飛語を流布した者や、海外の映画やドラマDVDの販売など資本主義的行為をはたらいた者を逮捕しても、大きな褒賞や表彰にあずかることはできないという。

北朝鮮の三代にわたる独裁政権を陰に陽に支えてきた国家安全保衛部は、あまりにも大きく、絶対的な存在として考えられがちだ。

しかしこれまで見てきたように、現場で働く情報員にも満足な報酬を支払えない苦しい資金繰りが続いている点は見逃せない。

また、保衛部が最優先で捜査する陰謀や宗教がらみの「重大事件」は、容疑者たちもカネ目当てではなく、理念や理想のために命がけで動いていることも多いため、現場では保衛部員や情報員にも危険が及ぶ。

北京での殺人

S氏や先の取材協力者によると、捜査の課程で負傷したり殉職する保衛部員や情報員も少なくないという。

このため、中国との国境の最前線である恵山市などでは、士気を高めるためにここ数年、「英雄称号」が乱発されているとされる。また、2010年には北京で脱北者情報を集めていた情報員2人が、報酬の少なさを理由に上司の保衛部員を殺害する事件も起きている。

金正恩氏が権力の座について年末で5年になる。その間、北朝鮮政府は対外的に「政権の盤石さ」をアピールすることに躍起になってきた。だが、その裏で汗をかいてきた保衛部の現場に危うい空気が漂っている点を看過しては、北朝鮮の今後を見誤る可能性がある。末端の保衛部員と情報員もまた、生存を賭けて戦う北朝鮮大衆の一部なのである。