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親友の「愛人ホスト」が居並ぶ利権集団…朴槿恵大統領を操った「秘線会議」とは

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大統領は「操り人形」だったのか――韓国社会を揺るがす大スキャンダルの深層を、現地で活動する在日韓国人3世のジャーナリスト・徐台教(ソ・テギョ)氏がレポートする。

見えない着地点、ほくそ笑む金正恩氏

「(朴槿恵)姉さん、今めちゃめちゃヤバいだろ?入金しろよ」

数日前から韓国のインターネット上で人気を呼んでいる、ある写真をネタにしたジョークの一部だ。受話器を耳にした北朝鮮の金正恩氏が朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領に向け、こう語りかける。

朴槿恵大統領のスキャンダルと絡み、ジョークのネタになっている画像

最新の世論調査で支持率17.5%にまで落ちこんだ朴大統領が、「北風=北朝鮮の挑発」という「伝家の宝刀」を取り出しかねないことをパロディ化したものである。金正恩氏がミサイル発射や核実験を行えば、強硬姿勢を維持してきた朴大統領の支持率は上がる――。

60歳の「妹分」

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このジョークを笑えない状況が韓国で起きている。

「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」と呼ばれる前代未聞の大スキャンダルだ。ひと言で表すと「朴大統領は操り人形に過ぎなかった」という疑惑である。一週間前の24日から、韓国社会を大いに揺るがしているいる事件のあらましにまずは触れてみよう。

疑惑の中心にいるのは、朴大統領の40年来の知人かつ妹分である崔順実氏。60歳と大統領よりも4歳若い崔氏が、大統領との個人的な関係をカサに、実の娘をはじめとする親類縁者に利権を分配。そればかりか国政、外交、人事、そして南北関係におよぶまで多大な影響力をおよぼしていたのだった。

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より正確には、崔氏をひとつの頂点とする「執政グループ」が複数存在し、国政を背後から操っていた、という疑惑である。

何やら陰謀論めいている、一筋縄ではいかない問題を解きほぐす一つのきっかけとなったのが、「韓流」とスポーツの振興をうたって設立された「財団法人ミル」、「Kスポーツ財団」という二つの財団だ。

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2015年10月と16年1月にそれぞれ発足した両財団の要職は、崔氏の息のかかった人脈に独占されているうえに、 約800億ウォン(73億円)という巨額の設立資金が崔氏が運営するドイツの法人に流れていることが明らかになった。

さらにこの設立資金が、日本の経団連にあたる「全国経済人連合(全経連)」に寄付を強制したものであるとが分かり、その過程で青瓦台(大統領府)が介入したというものだった。9月から行われた国政監査や、メディア報道により両財団と崔氏の存在はクローズアップされ、汚職スキャンダルの様相を呈していった。

「特ダネ」がさく裂

大統領側近のスキャンダル自体は、韓国では珍しくない。絶大な権力を持つ大統領の任期切れが近づくにつれ、大統領の知人や親類による不正な蓄財が暴露されるという事件が必ず持ち上がるからだ。

しかし「崔順実ゲート」は、ケーブルテレビ局のJTBCが10月24日に放った報道により、過去の例とは一線を画すものとなる。同局は、崔氏が以前に使用し、廃棄したタブレットPCを入手。その中から発見したファイルの中に、崔氏が国政に深く関与してきた証拠が隠されていたという、爆弾級の「特ダネ」をさく裂させたのだった。

44のファイルには、2012年12月の大統領選当選直後、当時現職だった李明博(イ・ミョンバク)大統領との面談にはじまり、13年2月の就任演説、14年3月にドイツで発表された南北関係についての「ドレスデン宣言」に至るまで、崔氏が事前に青瓦台から演説ファイルを受け取り、修正を加えていた証拠がありありと残っていた。

異常なプライドの高さ

さらに、国政の最高幹部たちと行う国務会議の席での朴大統領の発言も、事前に崔氏に渡っていた。青瓦台の人事も事前に崔氏(とそのグループ)の決済を受けていた可能性があるのだ。

朴大統領はこのJTBCのスクープを受け、翌25日に国民向けに謝罪会見(録画放送)を行った。プライドが異常なほど高い大統領の謝罪が、事態の深刻さを示している。朴大統領は会見で「崔氏は過去、私が困難な状況に置かれているとき助けてくれた縁で、主に演説や広報分野についての個人的な意見を伝えてくれました。(中略)就任後も一定期間、それは続きましたが、青瓦台のサポート体制が完備されたあとにはやめました」とし、「国民の皆様を驚かせ、傷つけて申し訳ない」と、まさに平謝りだった。

だが、さらに驚くべき証言が続いた。日刊紙・ハンギョレが10月25日付けの記事で、疑惑のど真ん中にあった「財団法人ミル」の李ソンハン前事務局長のインタビューを発表した。

李氏は「崔氏はほぼ毎日、青瓦台(大統領官邸)から厚さ30センチの『大統領報告資料』を受け取っていた」と証言。持ってきたのは朴大統領の最側近の一人だったという。

常連の元ホスト

崔氏はこの資料を基に、国政全般を論じ決定する「秘線(影の権力者を指す韓国の政治用語)会議」を開いていたとされる。

その会議の面子は、財閥夫人などの有力者をはじめ、人気広告プロデューサーやフェンシング選手出身で、崔氏の愛人とされる元ホストなども常連だったという。「崔氏が大統領にああしろ、こうしろと指図する構造で、大統領が一人で決められることは何もない。崔氏がすべて決裁していた」(李事務局長)という。

李氏自身も2016年の春までこの会議に参加し、青瓦台の資料を閲覧してきたと暴露したのだった。これは朴大統領の謝罪内容と大幅に異なる。

素人利権集団

ちなみに、2013年1月に安倍首相が就任前の朴大統領に特使を派遣した際の対応マニュアルも、崔氏のタブレットPCから発見された。

外交上の機密文書があらかじめ民間人である「素人利権集団」の手に渡り、チェックを受けていたという驚くべき事実だ。

ここでがぜん注目されはじめたのが、崔順実氏という人物の背景と、朴大統領との関係性である。

いずれの領域にも多大な影響をおよぼしているのが崔氏の父・崔太敏(チェ・テミン)氏だ。

前科44犯の宗教家

北朝鮮の故金日成主席と同い年、1912年生まれの宗教家である崔太敏氏は、朴大統領の父・故朴正煕(パク・チョンヒ)大統領時代の1975年に朴槿恵氏に接近した。

同年、母・陸英修(ユク・ヨンス)女史が朴正煕大統領暗殺をねらった銃弾を受けて死亡し、「ファーストレディー」の役割を担っていた朴槿恵氏の心のよりどころとなり、利権をむさぼった。

当時の中央情報部(現・国家情報院)の資料には前科44犯と記録されている崔太敏氏の5女が崔順実氏だ。

朴槿恵氏は、父が暗殺された後の1980年から、母・陸英修氏が設立した「育英財団」の理事長を務めた。その時期、崔氏は朴槿恵氏の近くで幼稚園の運営などの仕事をしていたことが知られている。

朴槿恵氏の幼児性

父・崔太敏氏は利権まみれのインチキ宗教家であったが、その血筋を受け継いだ崔順実氏は朴槿恵氏の唯一ともいえる心を許せる存在であるという。

朴槿恵氏は、多感な少女時代を独裁者の娘として大統領府で過ごし、独特な性格をしていると評されることが多い。

与党セヌリ党の田麗玉(チョン・ヨオク)前国会議員は「朴槿恵は機嫌を損ねることや、悪口を言われることを絶対に許さない。彼女が許すのはただ一人、自分だけ」とその幼児性を強調する。

また、10月30日付けの中央日報「精神科医師が見る崔順実事態」という記事で同紙論説委員のイ・チョルホ記者は、精神科医の「朴大統領は自己愛(ナルシシズム)が過度に肥大している(中略)自己愛が余りにも強いと、甘い言葉にだまされ、うるさい忠告には腹を立てることになる。両親の悲劇的な逝去もすさまじいトラウマとなっているはずである。恐怖と裏切りに取り込まれるとパラノイド(妄想性パーソナリティ障害:過度の疑心暗鬼におちいり、恨みを持つこと)になりやすい」という分析を取り上げている。

崔氏一族はここに付け込んだのである。朴大統領は弟や妹の忠言にも耳を貸さなかった。

先に崔氏とその背後にいる利権集団の影響力は外交にもおよんだと触れたが、南北関係にも今回の事件は飛び火する勢いを見せている。崔氏のタブレットPCから、2014年3月28日にドイツで発表した「ドレスデン宣言」に赤字を入れた(修正した)痕跡も見つかったからだ。

「ドレスデン宣言」とは、朴大統領が提示した統一へのビジョンであり、ロードマップだ。離散家族再会などの人道的問題、南北共栄のための大規模な経済協力、南北住民の異質感を無くすという3つの提案に分けられる。

同年の年頭の記者会見で朴大統領が「統一は大儲け」と語り、「吸収されることが明白な」立場の北朝鮮の強い反発を招いたビジョンを補完する、具体的な統一プランとして高い注目を集めた。ここにも外部の「素人利権集団」の手が入っていたのだ。修正部分の多くが実際の演説で用いられていた。

突然の政策変更

南北関係への介入はこれにとどまらないと見られている。

先に紹介した「財団法人ミル」の李前事務局長の証言を再度引用する。李氏は「ハンギョレ」とのインタビューでこう明かす。

「(秘線会議の中で)出席者の直接の利害にかかわるいわゆる『お金儲け』の話は10%で、残り90%は開城工団閉鎖などの重大事も含まれていた」

同紙はさらに翌26日付けの「開城工団中断のミステリー、崔順実で解けるか」という記事の中で、2016年1月4日の核実験直後の7日、韓国政府が北朝鮮向けの拡声器放送の再開を打ち出した際の動きについて疑問を投げかけた。当日の午前まではそんな話はなかったのに、突如として出てきたというのだ。続く同年2月10日の開城工団閉鎖も、7日までは国家安全保障会議で議論すらなかったのに、前触れもなく決まったと疑問を呈する。

記事内ではさらに、崔氏に近い知人による「崔氏がこの時期『今後2年以内に統一する』という話をよくしていた」という証言も紹介している。

また、2014年の年頭に朴大統領が語った「統一は丸儲け」も政府機関が提案した言葉でないことが明らかになっているとする。開城工団閉鎖については26日に韓国統一省が「政府の正当な手続きを経て決めたこと」と公式に否定した。

だが、崔氏のタブレットPCからは極秘事項である「2012年12月に三たび、北朝鮮と軍事接触(対話)」があったことを含む、2012年12月28日の当時現職の李明博大統領との会談資料が見つかっている。

もはや、国家機密も何もあったものではない。

北朝鮮が嘲笑「息をするミイラ」

史上最大のスキャンダルを巡り報道合戦が行われる韓国を前に、北朝鮮が黙っているはずがない。

率先して北朝鮮包囲網を全世界に呼びかけていた韓国の体たらくに対し、北朝鮮メディアは嘲弄に近い言葉を連日投げかけている。

朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」が26日に「崩壊を始めた朴槿恵政権」と言及したのを皮切りに、北朝鮮の国営メディアは連日「崔順実ゲート」について報じ、朴大統領に猛攻撃を加えている。朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」は27日の記事で「現政権は事実上崩壊した」とする一方、「わが民族同士」では「稀代の醜物」「息をするミイラ」とこきおろした。

極めつけは、29日の朝鮮中央通信である。「南朝鮮の言論が『生けるしかばね』と化した朴槿恵逆徒を嘲笑」という記事で、朴槿恵大統領に対し「民心が死刑宣告をした」「死臭がするゴキブリ」「青瓦台白痴」などと評している。自分たちの暴力的な独裁政治を棚に上げた誹謗に対し、韓国政府は猛反発している。

南北関係の進展は「ゼロ」

金正恩氏にとっては「渡りに船」だろう。

恒例行事となった国連人権決議案の上程が迫り、11月と12月という、国連を通じ北朝鮮の人権問題が世界中でクローズアップされる時期に、少なくとも韓国政府は北朝鮮を叩く余裕が無くなる。また、「インチキ宗教家の南北政策には従わない」と強弁することも可能だからだ。

少なくとも、朴槿恵大統領任期中に南北関係が何らかの進展を見せる可能性は完全にゼロになったとみてよい。

実際、韓国の対北朝鮮政策がどこまで理性的なのか測りかねるという点で、筆者もまた途方に暮れる心情である。ただ、だからといって人権問題をはじめとする金正恩政権の残虐性についての追及を緩めるつもりはない。これはまったく別の領域の問題である。

「怒り」より「失望」

「シャーマン=呪術師」に操られる朴槿恵大統領、という半ば誇張されたイメージは、韓国国民の心情を深く傷つけた。

現在の韓国世論をひと言で表すと「失望」である。繰り返すが「怒り」よりも「失望」の方が強いと筆者は見る。

単なる汚職ではなく、韓国の「顔」である大統領が、自分では何も判断できないロボットのような存在に過ぎなかったと受け止められているのである。与野党を問わず政治家の口からは「もはや国家とは言えない」「韓国民であることが恥ずかしい」といった強い批判の声が飛び出している。一般市民の中には「もうこれ以上聞きたくない」という声も多い。

そして、真相究明も望めそうもない。

弱腰の捜査当局

検察は青瓦台に対し、強制捜査を29日と30日の二度にわたり行いはしたものの、一度目は退散、二度目も要求した資料を受け取るだけだった。

また、30日の早朝、英国から極秘入国した崔氏を空港で緊急逮捕することをせず、24時間以上の猶予を与えるなど、理解に苦しむ姿勢を見せている(31日の午後、崔氏が出頭)。

韓国の報道専門チャンネルのYTNによると、崔氏には先に挙げた「大統領記録物管理法違反」のほかに「外交上機密漏えい」「贈収賄ならびに公金流用」「恐喝」など9つの法律違反の疑いが持たれているのにも関わらずだ。

今後の争点は、いま現在の朴大統領と崔氏の関係である。

野党は強硬

朴大統領は25日の謝罪会見の際、「補佐陣の陣容が整うまで崔氏を頼った」としたが、JTBCや日刊紙「朝鮮日報」系列の「TV朝鮮」は少なくとも2014年末まで崔氏との関係があったという物証を得ている。

また「財団法人ミル」の李前事務総長は「2016年の春まで自身も秘線会議に参加した」と語っている。崔氏との関係が現在進行形であることが明らかになる場合には、朴大統領の国政推進力は地に堕ち、職務遂行が困難になる可能性が高い。レームダックを超える「政権崩壊」である。

こうした事態を避けるため、朴大統領が所属する与党・セヌリ党では与野党が合意し選出する「責任総理」が国政の中心に立つ「挙国中立内閣」の結成を大統領ならびに野党に提案した。だが、30日の段階で野党・共に民主党はこれを拒否し、真相究明が最優先と主張している。

着地点が見えない

韓国では2017年12月に第19代大統領選挙が行われる。

投票日まで一年を残す頃から選挙戦が過熱するのに合わせ、大統領が関わる汚職スキャンダルが持ち上がること自体は驚くものではない。ただ、今回はその内容の規模がこれまでと異なり、どこまで行くのか、そしてどこが落としどころになるのか、見えてこない点で特別だ。

現段階でただひとつ確実なのは、混乱を続ける朴槿恵政権を横目に、金正恩氏がほくそ笑んでいるということだけである。