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【写真】北朝鮮の「イケメン俳優」チェ・ウンチョル

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チェ・ウンチョルは1980〜90年代にかけて北朝鮮の映画界で活躍した俳優だ。映画「大紅湍(テホンダン)責任秘書」でスターダムにのし上がった彼は、20本以上の映画に主役や助演として出演するなど大活躍した。
【画像】北朝鮮の功勲俳優だったチェ・ウンチョル氏

功勲俳優の称号を授与され、北朝鮮の超大物俳優となったチェ・ウンチョルの存在感は、最近、三池淵(サムジヨン)管弦楽団を率いて韓国で公演を行った元歌手の玄松月(ヒョン・ソンウォル)以上のものだった。
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そんな彼に別の意味でのチャンスが訪れたのは1990年代のことだった。

張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の実兄の張成禹(チャン・ソンウ)(1988年まで軍総参謀部偵察局長を勤めた)の娘、つまり張成沢の姪に見初められたのだ。張成沢氏は金正日総書記の妹・金慶喜(キム・ギョンヒ)氏の夫だった。つまり、その姪と結婚すれば、軍の高官が義父となり、金正日総書記の義弟が義理の叔父となるわけだ。これはまたとないチャンスだ。【画像】北朝鮮の功勲俳優だったチェ・ウンチョル

チェ・ウンチョルには婚約者がいた。女優のクァンオクだ。彼女は子どもを身ごもっていたが、チェ・ウンチョルが選択したのは張成沢の姪の方だった。2人の結婚を特に熱心に後押ししたのは金慶喜氏だったという。一方、捨てられたクァンオクはそのまま息子を産み、チェ・ウンチョルは死ぬ直前まで密かにこの母子の面倒を見ていた。

それからのチェ・ウンチョルの前には、バラ色の未来が開けた。

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彼は結婚後、朝鮮労働党や軍などが行う様々な利権事業に食い込んだ。例えば、彼は平壌市内のタクシー事業を牛耳る人民保安部(現人民保安省)系のロクサン貿易総会社の傘下にあったロクサンタクシー事業所の社長を勤め、莫大な資金力を手にしていた。

しかし、彼は2014年2月に処刑され、会社は金正恩党委員長の夫人、李雪主(リ・ソルチュ)氏の父の手に渡った。処刑は、2013年に張成沢氏が金正恩氏によって粛清された余波でもあったが、本人のうかつさがもたらしたものでもあった。

チェ・ウンチョルと張成沢氏の姪との間に生まれた息子は2013年当時、平壌第一高級中学校に在学中だった。高級幹部の子弟が通う名門高校である。北朝鮮の学校は、運営に必要な予算や物品を「社会的動員」と称して、生徒の親に上納させるのが普通だが、この学校も例外ではなかった。

北朝鮮においては、金正恩氏や金与正氏の兄妹などですら、子どもの頃は振る舞いが目立たないようにしつけられる。それなのにチェ・ウンチョルは、名門校の父母たちの間で実力者然として振る舞っていた。

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ある日、学校に問題が起こった。梅雨の長雨で排水設備が詰まってしまい、運動場が泥の海になったのだ。学校当局は問題解決のために塩化ナトリウムと塩化カルシウムを撒くことにしたが、大量に入手するのは簡単ではない。そこで、白羽の矢が立ったのが、チェ・ウンチョルであった。

話を聞いたチェ・ウンチョルは、数千ドルの大金を注ぎ込んで10トンの塩を買い込み、トラックで学校まで運んで運動場にぶちまけたという。まさに権力を見せつける行為だが、日頃から彼を検閲(査問)する機会をうかがっていた朝鮮労働党の組織指導部は、このような行為を事細かく記録していた。

北朝鮮の功勲俳優だったチェ・ウンチョル

それも知らず彼は、こんどは息子の誕生パーティを盛大に開いた。クラスメートや担任教師はもちろん、学校の金日成社会主義青年同盟(青年を対象にした党の外郭組織)や少年団の担当指導員まで招いた。海外から高級食材をふんだんに取り寄せ、ごちそうを用意した。

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その後、張成沢の近親者に対する検閲(査察)に取り掛かった党組織指導部8課は、このパーティを問題視した。

学校に配置された指導員たちを私的な席に招いたことだけでも問題だったが、担当指導員に「息子をよろしくお願いします」と数百ドルの現金を渡したことがさらに問題だった。この情報が金正恩氏と同氏の異母姉・金松雪(キム・ソルソン)氏に報告され、処刑の口実とされたのだ。

しかし、このような接待行為は北朝鮮の権力層では当たり前に行われているものだ。金正恩氏らは、張成沢氏の一派を根絶やしにするために、単にそれらしい理由を探していただけだったのだ。