中国や東南アジアなどで営業する北朝鮮レストランは、焼肉や冷麺などの朝鮮料理と並び、ウェイトレスも兼ねた女性従業員たちによる歌や踊り、楽器演奏などのショーが最大の売りだ。
北朝鮮で「接待員」と呼ばれる彼女らは、言葉の通じる韓国人ツアー客、その中でも中年以上の人々から、現代韓国の女性には見られない古風でしとやかな立ち居振る舞いが絶大な人気を得ている。
彼女らの多くは、平壌の商業大学や音楽舞踊大学、各道(道府県に相当)にある商業専門学校の出身だ。
容姿端麗
中でも有名なのが、4年制の「チャン・チョルグ平壌商業大学」。
「チャン・チョルグ」とは、若き日の故金日成主席に随行した炊事兵の名前である。
商業学校や商業専門学校には、レストランの女性従業員を育成するための「奉仕科」という専門コースがある。料理の知識やサービングのマナーだけでなく、歌や踊りもここで教えるという。
もっとも、商業大学の奉仕科は〝狭き門〟であり、幼いときから歌や踊りの英才教育を受けていなければ、選抜は適わないという。
またそれ以前に、本人の努力だけではどうにもならない、より厳しい条件をクリアしなければいけない。
「親の職業は何であるか」「過去、身内に反体制分子はいなかったか」など、出自や家庭環境を数十種類に分類した「出身成分」――平たく言えば、思想的な意味での「家柄」が良好とみなされなければならないのだ。
(参考記事:美貌の北朝鮮ウェイトレス、ネットで人気爆発)体型を保つ「秘訣」
人気記事:金正恩氏が反応「過激アンダーウェア」の美女モデル写真「家柄」が良く、容姿端麗で教養も備え、芸術の素養もある――。
まさに北朝鮮国家にとって「自慢の娘たち」と言えるが、海外における彼女らの勤務実態はと言えば、決して楽なものではない。
中国で取材の合間に何度か立ち寄った北朝鮮レストランで、24歳の女性従業員と顔見知りになったことがある。仮に朴さんと呼ぼう。
むかし、朝鮮総連代表団の一員として平壌を訪れた際の思い出を語ると話が弾み、現地での生活ぶりについても詳しく教えてくれた。
休日の過ごし方は
人気記事:金正恩氏が反応「過激アンダーウェア」の美女モデル写真筆者 1日に何時間ぐらい働くの?
朴さん 午前10時に出勤して、お店の営業は午後の休憩を挟んで夜11時までです。その後に1~2時間、歌や踊りの練習をします。
筆者 あんなに上手なのに、練習は毎日?
朴さん 練習しなければ、技術は維持できませんよ。それに夕食が遅いので、そのまま寝ると太ってしまうでしょう(笑)。
筆者 休日は?
朴さん 月に2回ほどなので、ほとんど家で休んでいます。たまに同僚と一緒にショッピングにも行きます。
筆者 ああ、給料もらえるんだ!
朴さん ちゃんともらってますよ(笑)。両親や弟のお土産を買うんです。
筆者 お父さんはどんな仕事をしているの?
朴さん 両親とも平壌で医師をしています。
結婚にも有利
事情通の朝鮮族の貿易業者によれば、「給料といっても、彼女らの場合は小遣い程度のものではないか。それでも外貨を貯められるのだから、国内で働くよりよほどマシ。それに大先輩格の女性マネジャーがプライバシーにも目を光らせているから、外でカネを使って遊ぶ余地もないはずだ」という。
連載の上編でも述べたとおり、北朝鮮レストランの中には地元資本との合弁で運営されているものがある。その場合、北朝鮮側は従業員らの人件費を負担することで出資に替えているため、彼女らが稼ぎ出した利益は原則として、本国の親会社に入るわけだ。
ちなみに東南アジアの北朝鮮レストランについては、現地で貿易業を手がける「大聖総局」の現地法人が運営しているとの情報もある。大聖総局は「金正日秘密資金」を管理する朝鮮労働党39号室の傘下の組織だとされている。
北朝鮮レストランの女性従業員らの海外での労働期間は、一般的には2~3年で、出世してマネジャーになるとかなり長期になる場合があるという。
失踪する女性たち
しかしほとんどの女性らは短期の海外勤務後に帰国するわけで、その後は国内のホテルや飲食店で働くか、結婚して「寿退職」するのが普通のようだ。
韓国の対北ラジオ「開かれた北朝鮮放送」に登場した脱北女性は、こう語った。
「外国で働いたこと自体が、党の信任が厚いことの証明になる。だから結婚をする際にも、良い嫁ぎ先が回ってくるんです」
日本や韓国とは比較にならぬほど物資の乏しい北朝鮮だが、国内では格差拡大が進行しており、「ある所にはある」のが実情であるのは本書の各記事で報告している通りだ。
両親とも医師だという朴さんのような女性ならば、国内の「勝ち組」に加わり、それなりに満たされた人生を送ることも出来よう。
その一方、女性接待員らが中国で失踪する事件が起きているのも事実だ。
故郷での「約束された幸福」を棒に振ってでも自由を求めようとする彼女の行動は、北朝鮮の社会にどのような気風が生まれつつあることを意味しているのだろうか。(連載おわり)
(取材・文/ジャーナリスト 李策)