DAILY NK JAPAN

【対北情報戦の内幕-6-】総連捜査の深層…警察はなぜ公安調査庁に負けたのか

連載・日本の対北朝鮮情報力を検証する/外事警察編(3)

人気記事:金正恩氏が反応「過激アンダーウェア」の美女モデル写真

2014年10月7日、朝鮮総連の許宗萬(ホ・ジョンマン)議長が約1ヶ月にも及んだ北朝鮮滞在を終え、羽田空港に到着した。北朝鮮が2006年に弾道ミサイルの発射と核実験を行って以降、日本政府は、許氏ら総連最高幹部の再入国を禁止してきた。それが昨年7月に解除されたことを受け、許氏は8年ぶりに祖国の地を踏んだのである。

それだけに、外事警察をはじめとする公安当局ばかりでなく、首相官邸も並々ならぬ関心を示していた。「許氏は金正恩第1書記の謁見を受けられたのか」「本国からどのような指示を伝達されたのか」……。

東京・千代田区の朝鮮総連中央本部

注目が集まる中、許氏は総連中央本部と総連大阪府本部に幹部活動家を集め、正恩氏の直筆による「お言葉」を読み上げた。当然、公安当局は「お言葉」の内容把握に全力を傾けるが、外事警察はその展開の中で、思いもしなかった屈辱を味わうことになる。

千人超のスパイハンター

内閣官房副長官が主催する「合同情報会議」は、内閣情報官をはじめ警察庁、公安調査庁、外務省と防衛省の局長級が参加し、現場で獲得されたばかりの“生の情報”が交換される最上位のインテリジェンス会合だ。

人気記事:金正恩氏が反応「過激アンダーウェア」の美女モデル写真

ここで、官邸が待ち焦がれる「お言葉」の内容について、外事警察の指揮官たる警察庁警備局長は、その概要しか報告できなかったという。それだけではない。同席した水野谷幸夫公安調査庁次長が、ハングルで書かれた「お言葉」の文面の写真と全訳を報告したのである。

外事警察が、常日頃から「札束で顔を叩いて情報収集する」と蔑む公安調査庁に、完全敗北した瞬間だった。

会議後、激昂した警備局長は、警視庁公安部長と道府県警本部警備部長に対し、朝鮮総連への情報収集強化を即座に指示したと伝えられる。

骨董品並の捜査マニュアル

人気記事:金正恩氏が反応「過激アンダーウェア」の美女モデル写真

警視庁だけで数百人、全国では千人を越す対北朝鮮スパイハンターを擁するといわれる外事警察がなぜ、「不要論」さえくすぶり続ける公安調査庁に敗北したのか。その原因について、ある外事警察OBはこう指摘する。

「うちも公調も総連情報の入手手段は同じです。総連内部に協力者を獲得し、そこから内部情報を引き出す。つまり、協力者として獲得した活動家の地位が高いほど、秘匿度の高い情報が取れる。ここで、警察は旧来のやり方にこだわり、公調に遅れを取っているんです」

人気記事:金正恩氏が反応「過激アンダーウェア」の美女モデル写真

警察がこだわる旧来のやり方とは、一体どのようなものなのか。その実態は、すでに発表された様々な書籍、雑誌記事の類で明らかにされている。要約すると、概ね次の通りになる。

警察が実施する協力者獲得工作は、警察庁警備局警備企画課の「裏の理事官」が率いる「ゼロ」と呼ばれる組織が統括する。かつては「サクラ」「チヨダ」「カスミ」とも呼ばれていた組織で、公安警察の中枢をなす。以前は共産党だけの工作を担当していたが、ある時期から外事を含むすべての協力者獲得工作を統括するようになった――。

気が狂いそうになる“矛盾”

問題は、「ゼロ」が示す工作マニュアルの旧態依然とした内容にある。それは戦前の特高警察から引き継いだ対共産党向けのもので、工作対象者に目を付けてから接触するまで、基礎調査を短くても1年以上は行わなければならない。この間、「作業班」と呼ばれるチームが対象者を毎日尾行し、借金や異性閨係、馴染みの飲み屋から趣味嗜好まで、その人間を丸裸にする。そして、接触に当たっても偶然を装わねばならず、その後も数カ月もかけて人間関係を作り上げ、初めて自らの目的を明かす――。

「確かに、地下に潜った思想の堅固な共産党員や極左活動家を協力者として獲得する上では、これが王道だったのでしよう。でも、ほとんどの朝鮮総連の人間というのはよっぽど“げんきん”なんですよ。彼らを相手にこんな悠長なことをしていたら、工作対象者の方が先に総連を辞めちゃうんです。外事警察が、工作に着手しては失敗しているのを尻目に、公調は既存の協力者に朝鮮学校の同級生を紹介させたりして、協力者をどんどん拡大している。特高時代からの力ビの生えた方法『協力者を作れ』『総連中央の情報を抜いてこい』と言われても、土台無理な話なんです」(前出・外事OB)

慢性的な財政難の中にある朝鮮総連はいま、「新世代の育成」を掲げ、20代から30代の若手活動家のつなぎ止めに必死になっているという。それにも関わらず、ただでさえ短期間に「実績」を上げるべき宿命を負わされた外事警察の現場は、“息の長い”獲得工作まで強いられている――この気が狂いそうになるほどの矛盾の中、現場が仕事を投げ出さないのはむしろ立派だろう。

防諜組織が秘密主義を取るのは当然だとしても、柔軟性を欠くうちにチャンスを失い続けていれば、いずれ組織の存在意義すら問われることになりかねない。

そして実際に、外事警察の株を奪い、その存在を脅かしかねない新たな秘密組織が、すでに警察内部には存在しているのである。(つづく)

(取材・文/ジャ一ナリスト 三城隆)

【連載】対北情報戦の内幕