労働新聞に記載されていた金正恩氏の実母「高ヨンヒ」

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朝鮮画報が3月号であることから、高英姫(高ヨンジャ)は1973年2月以前に、勲章を受けていたことになる。この情報を元に1973年3月前後の「労働新聞」や内閣機関紙「民主朝鮮」を全て調べたところ、今回の政令を見つけるにいたった。

12月末に高英姫は勲章をもらい、その知らせを聞いた高ギョンテク氏が翌年の朝鮮画報3月号に手記を書いたとすると時系列的には一致する。また、政令に名前を連ねるために、日本風の名前「ヨンジャ」から「ヨンヒ」に改名した可能性もある。(この時期、多くの帰国者や日本人妻は、金日成の指示によって日本風の名前である「〜ジャ=〜子」から朝鮮式の名前を変えさせられている)

その年、1973年に高英姫は万寿台芸術団の主役として来日するが、当時の公演の裏方だったキム・ミジャさん(仮名)はデイリーNKにこう語った。

「大規模な海外公演に出る前に勲章を与えることは当時はよくあったことだ。勲章をもらえるほどの万寿台芸術団の俳優で高ヨンヒさんといえば金正恩の実母である高ヨンヒさんの可能性が高い」

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公演に同行した朝鮮総連芸術団所属のリ・エラン(仮名)さんもこう語った。