同団体に所属していた筆者も、調査の過程で拉致事件が真実であることを確信するとともに、「なぜ、この問題が放置されていたのか」と衝撃を受けた記憶がある。
さらに、一部のジャーナリストや報道機関も積極的に拉致事件の追求を始め、真相はさらに明らかになっていく。その中でも、とりわけ注目されたのが「横田めぐみさん拉致事件」だった。
1977年に拉致された疑いが極めて高いとされためぐみさんの両親である横田夫妻は、当初「実名で拉致被害を訴えたら北朝鮮にいる被害者に危険が及ぶかもしれない」と、実名公表には躊躇していたが、このままでは解決できないと判断し公表に踏み切る。この判断が功を奏して、めぐみさんのケースは、日本社会全体に衝撃を与え、「北朝鮮による日本人拉致事件」は、ようやく広く知られることとなった。
一歩前進、二歩後退する拉致問題
こうした動きのなかで、1997年には、拉致被害者が主体となって救出運動を行う「家族会(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)」が結成される。また、超党派の議員による「北朝鮮拉致疑惑日本人救済議員連盟」(旧拉致議連)も設立され、自由民主党衆議院議員の中山正暉氏が会長となる。